さくろぐ

日々楽しく働いて幸せに生きたいADHDなSakuのブログ。

「ADHDだから」で逃げてたらできなかった経験ができた話

こんにちは!Saku(@xx_spr_saku)です。

 

またもや久しぶりの更新になってしまいました。

が、さすがにそれでもしょうがない、と思うくらいここ2、3ヶ月、心も体もギリギリでした。 本当に辛かったです、仕事。

まだまだ忙しい日々は続いていますが一応ひと区切りついたので、ここらで備忘録としてこの一件を振り返って記録しておこうかなと思います。

 

 

業務過多により心身ともに限界を超えた

とりあえず尋常じゃないくらいやるべきことが多かったです。経験豊富な先輩も「この状況は異常」とのたまうほど。

そんな状況で要領の悪い私が定時に帰れるわけもなく、毎日終電近くまで必死に残業していました。家に着く頃には日付をまたいでいて、寝に帰るだけの生活。しかも寝ようと思ってもなかなか寝付けず。つらかった。

業務時間の問題に加え、精神的なプレッシャーもありました。自分の不進捗で各所に多大なる損害が出ます。ミスると先方への報告や謝罪で上司の頭を悩ませ、業務を増やすことにもなります。そんなことを私はすでに2度やらかしており、「もうこれ以上は迷惑をかけられない...」と追い詰められていました。

もともとうつ病パニック障害の既往もあり、心身ともに丈夫ではありません。それでそんな生活を続けていたら、そりゃ体調も悪化します。ゆるやかではありましたが、頭痛、吐き気、窒息感、微熱が続き、普段めったに出ない鼻血もやたら頻繁に出ました。自分でも「あ、これは私の身体からのSOSだ、限界だ」と感じていました。しかしチーム全体が多忙を極めていて誰かに仕事を託して休める状況ではなく、必死に働く日々。体調不良で何度か休んでしまった時も、結局休日出社。本末転倒。なんてこった。

 

ピーク時にはこんなこともありました。

 

パニック発作寸前で、こりゃまずいと思いました。デパス飲んでちょっと休んだら落ち着きました。

ここまでくると、今までメンタルの安定のためにやっていた認知行動療法も歯が立たたないようで効果はなく、もう会社は休まないとダメだ、と冷静に思いましたし、産業医や仲のいい同期にも休職をさんざん勧められました。

 なんとか乗りきった 

この時、重要なデッドラインまであと数日のタイミングだったので、「あと5日」「あと4日」「あと3日」と、毎日それだけを希望にデパス飲んで這って会社に行っていました。

最後は休日でも上司から「このメールの対応大丈夫?」とか電話が来たり、普段業務に関わらない本部長クラスを引っ張り出したりと大騒がせしましたが、なんとかデッドラインまでに収めることができました。

「もう限界...」と毎日思いつつもなんだかんだでやりきることができたのは、ひとえに環境のおかげだと思います。

まず、直属の上司の仕事に対するスタンスが非常にありがたかったです。

・「できる限りを尽くしてもどうしようもないこともある」

・「大変な状況は笑い飛ばして楽しもう」

・「やらかしたらとりあえず相談に来い、こっちで上手いことカバーしとく」

・「仕事を人にふる余裕がない?じゃあなんでも気軽に頼める人を1人つけよう」

 

一般的な目線で見れば「甘すぎ」「ゆるすぎ」「雑すぎ」なのかもしれません。

普通だったら

・「自分が追い詰められているのは自分で業務を管理できてない自分のせい」

・「大変な時に何笑ってんの?真剣にやれ」

・「大変そうな人に手を貸すのはその人のためにならない」

・「自分でカバーしきれないミスがあったらリカバリープランを含めて詳細を報告しろ」

・「仕事を人に振るのも自分の仕事」

ってなると思うんです。

 

でも大炎上中の時に上に書いたような対応をされてたら、間違いなく私はダメになってたと思うんです。到底完了までこぎつけるなんてできなかった。前者のようなスタンスの上司がいたからこそ、この難局を乗り切れたのだと思います。

上司がそんな感じだからか、メンバーも私の極度の疲弊っぷりを心配して「なんでも仕事ふってくれていいよ」と言ってくれたり(容赦無く仕事ふって後で恨まれました)、茶化しながら毎日お菓子や栄養ドリンクを貢いでくれたり(後でお返し要求されました)しました。ありがたかったです、とても。

 

限界なら逃げていい。でも、まだ限界じゃないなら逃げないほうがいい。

以前、体調不良にもかかわらず耐え続けていたら鬱やパニックをこじらせてしまった経験があったので、それからは

「体調が悪くなったら休もう、辞めよう」

と決めていました。

でも今回は自分で抱えている爆弾が多すぎて「自分が倒れたらプロジェクトが破滅する」というプレッシャーがあり、体調不良になってからも休む、辞める、という決断ができませんでした。笑

でも今振り返ると、それで正解だったと思います。

 この一山を乗り切った経験は確実に自分の経験になったし、少なからず自分の自信にもなりました。

あと、職場の雰囲気、風土の重要さを身を持って感じました。ただ楽しく働けるだけでなく、こんなにも人の限界を大きく左右するんだなぁ、と。文字にするとなんとも当たり前のように思えますが、部下がいない立場であっても、職場にいる限りは自分の醸し出す雰囲気が職場に影響を与えていることを心に留めておこうと思いました。

 

なにより、またこの職場に戻る決断をしてよかったな、と思います。

だいぶ前の話になりますが昨年ADHDの診断を受けて休職した時、復職して以前と同じ仕事をする自信がなく、障害者枠で働くべきかと悩んで、障害者を対象とした就職セミナーに足を運んだりもしました。

今だから言える話ではありますが、この時復職を選んでよかったです。多分、業務量的にこれほどまでに追い詰められる経験は障害者枠ではできなかったと思います。

障害者であれ定型発達であれ、誰しも激務を経験すべき、とは全く思いませんが、少なくとも私は今回の一件で学んだことがありましたし、一度殺されかけるとその後難局に出会っても大したことないと思える気がするので、そう言った意味でも貴重な経験だったと思います 笑

限界だったらそそくさと逃げるべき。でも、限界を見誤ると成長の機会を逃す。

 

ADHD」を決断の理由にしない

 

ADHDの診断を受けてからTwitterで当事者の方とつながり、自分に似た境遇の人とたくさん出会って、

「できない自分、うまくいかない自分でも受け入れてもらえる場所がある」

と気づき、安心するとともにとても心強く感じました。

この、自分がどこかに所属しているという帰属感やそれによりえられる安心感は診断を受けてよかったことの一つだと思います。

でもそれにより心のどこかで、

「できなくてもしょうがない」

「ダメでも許してもらえる」

というよろしくない気持ちがも生まれてしまった気がします。

口では「ADHDでもあきらめない!」とか「対策大事!」とか言ってましたし、もちろんそれは本心ではあるのですが、それは多分自分の中の甘えを自覚したからこその反応なのだと思います。

もちろん、脳の特性として苦手なことがあり、それを認めることや、しなくて済むように方向転換することは大事です。 

でも、ADHDを免罪符に、頑張るべき時に逃げないように。

 自分の特性も現実もすぐに変えられるものではないけれど、日々ゆるゆると邁進したいなと思います。

 

 

...おかしいなぁ。いつも書き終わると暑苦しい記事になってしまう。

この哀れなくらい必死な姿が、どこかで誰かの頑張る気持ちに繋がったらいいな。

とりあえず、あと1日お休みがある幸せを噛み締めて、今日はアイス食べて思う存分だらだらしよう 笑

 

日々健やかに。

 

 Saku

 

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